毛利教授のマグネティックス研究 発見・発明談話

第6回 

技術の社会性について

 

                   毛利佳年雄

 

 

先日(20171127日)、日本磁気学会主催の岩崎コンファレンスで、講演を行った。実行委員会からの要請で、講演タイトルは、「情報社会の新展開を支える高性能マイクロ磁気センサ」となった 

講演の冒頭で話したように、ここ数年来スマートフォンを中心に携帯電話の生産台数が年10億台を超え、そのすべてに「電子コンパス」が搭載され、電子コンパスの主要デバイスである「マイクロ地磁気センサ」が搭載されている。この数字から見ても「磁気センサ時代の到来」は、実感し易い状況にある。さらに、この電子コンパスブームを超えて、より巨大な「I-o-T (Internet of Things)磁気センサ」時代に向けて、愛知製鋼(株)によって矢継ぎ早にMIセンサ応用の新技術・新商品の開発が発表されている。自動運転バスの磁気ガイドシステムの開発(2016年;国土交通省国プロジェクト;2017111117日滋賀県東近江市奥永源寺道の駅中山間道路で実証試験)や、ミズノ(株)との共同開発の「プロ野球投手の投球回転解析器MAQ;201794日マスコミ発表」などである。いずれも、電子コンパス量産で培ったMI素子技術をベースとしたアモルファスワイヤMIセンサの高性能が存分に発揮されたものであり、限界が見えない独走状態にある。

前者の自動運転バス磁気ガイドシステムでは、道路表面2mごとに設置された安価なフェライト磁石の発生微弱磁界を、バス下部に設置した24個の高感度多重差動MIセンサアレイで磁気マーカー位置を高精度に検知するものであり、MIセンサの耐環境性の高さ(ロバストネス)も相俟って、実証試験でのトラブルはゼロである。

同実証試験では、GPS方式が天候変化で不調になりバスが蛇行するなどのトラブルを起こすなど社会的信用に問題あり、であるが、磁気ガイド方式はトラブルがなく、社会的に安全・安心感を与えている。このような公共交通自動運転技術では、科学技術を超えた「市民への安心感」を与える「技術の社会性」が特に重要である。

 後者の、「プロ野球投手の投球回転解析器」は、自由物体の回転の測定に用いられる一般的常套手段である「ジャイロセンサ」の回転数検出限界が約17rpsであり、実用に耐えない状況にあるため、MIセンサの電子コンパス技術を活かして、相対的地磁気検出の高速応答特性で50rpsまで検出できる高性能器である。投球直後に、投球速度、球回転数、回転軸がスマートフォン画面上に表示され、ディジタル情報としてインターネットに載るI-o-Tセンシングである。

プロ野球投手の投球を捕手が捕球する場合の強い衝撃に磁気センサが耐えられるかどうか、も重要な要件であり、3000回の耐衝撃試験をクリアしている。この面もアモルファスワイヤMIセンサの優位な特性であり、MIセンサが耐環境性の苛酷なI-o-Tセンサに適していることの実証になっている。アモルファスワイヤの強靭弾性体の直接の効果とともに、MIセンサ自身の小型・質量の微小さの特徴が現れている。

さて、上記の「電子コンパス」は、携帯電話所有者の「地球上の位置(市街地地図内での位置)」をGPS(全地球測位システム)で特定し、携帯電話器内のマイクロ地磁気センサによる地磁気測定および携帯電話器の角度の重力の加速度センサによる測定によって、水平面内での「方向」を特定することにより、携帯電話器画面の道路地図を利用者の見やすい方向に回転 (Heading)するサービスを行うシステムである。このように、「電子コンパス」は、人間が感知できない地磁気磁力線をあたかも感知して方向を感覚できるかのような錯覚を誘発するものであり、Augmentation, Augmented Reality (拡張現実感)と呼ばれる情報サービスを提供するものである。このように仮想ではあるが知能的サービスを提供するので、即物的サービスを超えた面から、当分需要は期待できそうであるが、電子コンパスは磁気センサの目標と言うよりI-o-Tセンサへの通過点と捉える視点が発展性がある。アモルファスワイヤMIセンサは、この発展的見方を推進できる性能と潜在力に富む磁気センサと言えよう。

ところで、現在磁気センサの開発競争の場になっている電子コンパスのルーツを調べてみると、「1985年」という時期が浮かび上がってきた。1985年は、日本での「通信自由化」の年である。くにの構造改革の一環であるが、「電信電話公社(電電公社)、国際電信電話会社(国際電電)」の民営化(NTT, KDDI) の年であり、太平洋戦争敗戦の40年後、高度成長の完成時期、1979年自動車電話の開発に触発された携帯電話の急速な普及期、米国ではインターネットプロジェクトの推進など、戦後の情報社会の世界的展開の高揚期であった。GPSは、1983年の大韓航空機撃墜事件後民間利用に開放されていた。この中から、日本の情報社会推進グループから携帯電話用の「電子コンパス」構想が湧き上がり、その実現の中核デバイスとしての高感度マイクロ地磁気センサ創成に関するいわゆる「大島信太郎(KDDI会長)・原田耕介(九州大学教授、現名誉教授)の高感度マイクロ磁気センサ創成指導原理:磁気的に高感度で高インピーダンス磁気素子の創出」が浮上してきた。(なお、この指導原理(仮称)は、両先生がどこかで発表されたものではなく、われわれ身近に居た磁気応用研究の後輩が、研究目標として勝手に呼称しているものである。)

この指導原理による磁気素子は簡単に実現できるものではなく、当時の研究レベルでは、例えばリン青銅線のパーマロイ鍍金を施した複合ワイヤ磁気素子では、外部磁界で磁化特性は高感度に変化するが、インピーダンスが小さいため素子をマイクロ化(1mm以下)すると、磁気センサ電子回路中では機能しなくなり、マイクロ磁気センサは実現できない、という結果に終わっていた。この指導原理を意識して、世界的に研究が行われたが誰も成果を上げることができない状態が数年続いていた。

1993年になって、名古屋大学の筆者の研究室で、アモルファスワイヤ高周波通電・表皮効果方式で磁気的高感度の高インピーダンス磁気素子が見つかり(磁気インピーダンス効果)、19971999年にパルス通電・表皮効果による「パルス磁気インピーダンス効果」に発展させ、ピックアップ方式とアナログスイッチ方式による集積回路化可能な高性能マイクロ磁気センサ(MIセンサ)が誕生した。このMIセンサを、科学技術振興機構(JST)のハイテクコンソーシアムを経て、愛知製鋼(株)が実用化に成功し、スマートフォン用電子コンパスの量産、および自動運転磁気ガイドシステムなどのI-o-T

センサ開発などに次々に使用され、磁気センサ新時代を先導している現状に至っている。電子コンパスやI-o-T用の高性能マイクロ磁気センサには、少なくとも10以上の必要性能(感度・S/N、マイクロ寸法性、消費電力、ダイナミックレンジ、耐磁気ショック性、直線性・指向性、温度安定性、最高使用温度、集積回路化量産性、生産コスト など)があり、磁性体、磁気効果の最適な組み合わせが必要である。アモルファスワイヤMIセンサでは、磁性体としてのアモルファスワイヤの存在が大きい。このアモルファスワイヤは、東北大学の増本健教授研究室において、1981年に「水中超急冷紡糸法」によって開発された日本発の新素材である。kmオーダーで真円断面の超一様な耐食性強靭弾性ワイヤが作成され、ユニチカ(株)による線引き技術でマイクロ寸法磁気素子が作成される。この絶妙な新素材と表皮効果による磁気インピーダンス効果が結びついて、MIセンサが誕生した。このアモルファスワイヤは2014年から製造システムおよび技術が愛知製鋼(株)に移行し、さらに高度化され、I-o-T磁気センサ(MIセンサ)の強力な磁性素材に発展している。