毛利教授のマグネティックス研究 発見・発明談話

第5回 

MIセンサ内蔵で実現した「投球回転解析球 MAQ」のSensor Magnetics からの注目点

 

                   毛利佳年雄

 

 

  201794日に、愛知製鋼(株)とスポーツのミズノ(株)から同時に、共同開発の成果がマスコミ発表されました。同日夜のTBS TVのWBSでは、実際に元プロ野球投手が投球を行い捕手の捕球と同時に、スマ-トフォン画面に球の「速度、回転数、回転軸の角度」が表示される場面が放映されました。両社からの技術資料を添えた発表や各新聞社等の電子版記事はインターネットで読めるので、いろいろな見方があることが分かりますが、中には「野球のボールがI-o-T」 というものもあり、多様な反響があるようです。スマートフォンの画面に表示されることは、ディジタルデータがインターネットに載ることになるので、「I-o-T」に当たる、という見方のようです。

  ここでは磁気センサ、磁気センシングの技術 (Sensor Magnetics) の立場でその特徴を整理してみたいと思います。

アモルファスワイヤCMOS IC 磁気インピーダンス効果磁気センサ(MIセンサ)は、電気抵抗率が高い (130μΩ-cm)アモルファスワイヤ(零磁歪FeCoSiB)に 「表皮効果」を生じる高周波電流またはそれと等価な立ち上がりの鋭いパルス電流を通電させる方法によって 「磁化回転で高速磁化動作する高インピーダンス磁気素子」 を実現した磁気インピーダンス効果 (Magneto-Impedance effect ; 1993) を基礎とする新規な高感度・高性能のマイクロ磁気センサです。(それまでの高感度磁気センサ素子はインピーダンスが低いため、マイクロ寸法にするとセンサ電子回路の素子として動作できなくなっていました。) MIセンサは、高感度磁気センサの新規な構成原理(磁気インピーダンス効果)に拠るため、以下のような多くの高性能特性(①~⑪)が同時に発揮されます。

    超高感度特性: アモルファスワイヤ表面層のワイヤ円周方向からの磁化回転で動作するため

磁気ノイズ(バルクハウゼンノイズ)が発生せず、検出磁界信号対ノイズ(SN比)の高い磁気センサとなり、磁性体のみの理論精度が約10 fT (= 10-10 G) の超高感度特性となる。磁気センサのノイズは、センサ電子回路のノイズとの和となり、数Hz 以上の交流磁界検出の場合で1 pT (= 10-8 G) の精度が実験で得られている。

   マイクロ寸法磁気ヘッド : 表皮効果によりインピーダンス (Z = (1 + j) Rdc (ɑ/(8ρ)1/2)(ωμ) 1/2  ; Rdc 、 ɑ、 ρ  : それぞれアモルファスワイヤの直流抵抗、半径、および導電率、ω、μ: それぞれアモルファスワイヤの通電角周波数および円周方向微分透磁率) が高いため、センサ電子回路要素として動作できるセンサ磁気ヘッドがマイクロ寸法化される。

    具体的には、3軸MI地磁気センサ内蔵の外形寸法が2mm×2mm×1mm の携帯電話用電子コンパスチップが愛知製鋼で量産されている。

   超低消費電力性 : アモルファスワイヤ表面層の磁化回転で高速磁化動作するため、消費電力が極めて小さい。 具体的には腕時計用電子コンパスチップの消費電力はサブmWである。

   広ダイナミックレンジ : 高SN比のため、検出精度の1万倍以上のダイナミックレンジ(直線性の

範囲)が設定可能である。このため、車内等での数Gの外乱直流磁界中においても電子コンパスの動作が可能である。

   高速応答 : アモルファスワイヤ表面層の磁化回転で磁化動作するため磁化損失が極めて小さく、高速応答マイクロ磁気センサである。薄膜磁性体での磁気インピーダンス効果実験の例では、M.Senda, O. Ishii, Y. Koshimoto, and T. Toshima, “Thin film high frequency magneto-impedance (HFMI) effect,” IEEE Trans. on Magnetics, Vol.30, N,o.6, pp.4611-4613, 1994. 11GHz 通電での測定結果(バルクハウゼン雑音ゼロ、磁界検出特性のヒステリシスゼロ) が報告されている。 これまで、高感度で高速応答の磁気センサはなかった。DC から GHz の磁気信号まで検出可能である。

   高指向性 : アモルファスワイヤの細線形状のアスペクト比がさらに表皮効果で高くなり、水平

面内角度分解能0.1°の場合の指向性測定値は理論値に一致している。

⑦ 温度安定性 : アモルファスワイヤのキュリー温度550℃、零磁歪、磁化回転動作による低磁気損失、強靭弾性、耐食性などの細線バルク高信頼性磁性体使用により温度安定性が高い。

   最高使用温度 : ⑥ と共通し、電子コンパスチップの最高使用温度は80℃である。

   耐磁気衝撃性 : ウエアラブル地磁気センサ時代に入って出現した新たな要求仕様である。例えば腕時計に内蔵された電子コンパスは、人間の自由な腕動作により強力磁石への瞬間的近接事態(数~数十Gの瞬間的磁界曝露)が頻発するが、MIセンサはピックアップコイルによる電圧検出方式のため、動作点への復帰が確実である。バイアス磁石による動作点設定方式の他の磁気センサでは、動作点が変化する場合がある。

   高信頼性 : ⑥と共通し、力学的、熱的、電磁気的衝撃等の外乱に対する信頼性が高い。

   集積回路量産性 : 高周波通電の磁気インピーダンス効果(アナログ効果;1993年)からパルス通電の「パルス磁気インピーダンス効果」(ディジタルアナログ(ハイブリッド)効果;1997年)へ飛躍して、CMOS IC ディジタル電子回路でマイクロ磁気センサを構成して集積回路化可能なセンサ回路を実現した。

 

 以上のMIセンサの諸性能は、愛知製鋼により携帯電話、スマートフォン用さらには腕時計用の電子コンパスチップの実用化・量産で2003年以来実証されて来ているので、MIセンサによるMAQの開発は技術的にはpromising といえると思います。野球の投球は、投球後は空間を自由移動する物体であるため、移動中は空気抵抗力および回転と気流の関係によるマグナス効果の力という微弱な力が生じるだけです。したがって加速度センサによる回転計測には多大な信号処理の負荷がかかり実用的とは言えません。一般に自由運動物体の回転はジャイロセンサで計測されますが、ジャイロセンサは、電歪棒の力学自励振動などを利用し小型化が困難であること、球内蔵のための小型MEMSジャイロセンサでは回転数約17 rps (rotation per second) 以上は検出が困難であることなどの問題があります。この高速回転検出の課題に対して、MAQの開発では、MIセンサの潜在能力が陽に活用されていることが注目されます。すなわち、プロ野球投手では最高50 rps の高速球回転が予想されるので、球内蔵のMI地磁気センサは50 rps (Hz) の相対地磁気変化を検出することになります。この状態は、電子コンパス自体を50 rps で回転させることに対応します。この地磁気センサに印加される地磁気変化波形は正弦波ではなく、振幅は最大で地磁気の大きさ(日本列島で± 500mG)であり、このためMIセンサの応答速度は数百Hz が必要になりますが、MIセンサにとっては十分可能な状態になります。

 これまでの磁気センサにとっては、地磁気を高速検出することも困難でありますが、野球の球内中心部の微小領域に設置されることや捕球時の大きな衝撃に耐えること、なども予測できないことです。MAQは3000回の衝撃試験を経ていることで実証されています。この点も磁気センサの新たな使われ方と言えます。

MAQ開発の感動的な特徴は、「地磁気との相対高速変化で、地球上の高速物体の複雑な高速回転運動を精密に測定する。」 という独創性です。地磁気がこのような利用をされたのはかつてないことであり、われわれは改めて自分たちが地磁気の中に居ることを不思議な思いで考えさせられます。

身の回りを取り囲む空気は、これも目には見えませんが、われわれはその存在を風として実感できます。重力も重さとして実感できます。一方、地磁気は感覚的に実感できません。 しかし地磁気磁力線は、太陽風宇宙線(プロトン)を巻きつけることで地表に直接降り注ぐことを防いでおり、地球上のすべての生物を防護しています。同時に、正の電荷をもつ電離層を形成して短波の伝播方法を生み出しています。

 地磁気は、岩石残留磁気測定等から今から17億年前に発生したと推定され、それまでは地球上の生命は海中に潜んで太陽風宇宙線曝露から避難していたと推定されています。地磁気の発生メカニズムは、1600年出版の英国ギルバートによる Le Magnete で発表され、それまでの「地磁気は北極星から来る」 との中世キリスト教会のドグマを訂正しました。すなわち、多数の船乗りの羅針盤測定のデータを基に、地球上の磁力線の分布を網羅し、地磁気は地球を大きな1個の磁石としたときの地表の磁力線の分布に一致することを示しました。地磁気は、この地球内磁気ダイポールにより、南極から垂直に約760mGの大きさで発生し、北に向かって途中赤道地帯で強さが約330mGになって水平になり、北極圏で3箇所(北極近く、シベリアのバイカル湖北、カナダハドソン湾北)に垂直に約760mGの大きさで侵入しています。現在では、この磁気の南北が約100万年ごとに反転していることも分っています。

この計測データに立脚した矛盾のないモデル化は、それまでにない方法であり、多数の人々から受容されて、ギルバートは「近代科学の祖」 と位置づけられています。そして近代の欧米科学は、1600年のギルバートの 「地磁気の発見」 から始まった、とされています。

MAQの開発は、近代欧米科学の発祥の対象である地磁気を利用し、しかも伝統的な羅針盤的使用ではなく、高速自由走行微小物体の高速回転を正確に計測しデータをスマートフォンに無線送信するという、地磁気を超先端情報技術に利用する独創性は虚を衝かれた斬新な発想であり、プロ野球投手の投球解析を手始めに、いろいろな新規な情報計測法の出現の幕開けを予感させるものと言えます。