毛利教授のマグネティックス研究 発見・発明談話

高性能マイクロ磁気センサ アモルファスワイヤMIセンサ発明ものがたり

毛利佳年雄

 

I  スマートフォン、腕時計用電子コンパス の出現

 電気エネルギー環境の整っていない極寒の移動テントの中や、アフリカ密林湖畔の原住民の小屋の中でも、若者たちの必需品は携帯電話・スマートフォンです。2017年現在、世界人口63億人に対して携帯電話、スマートフォンの年間生産台数は約10億個です。単純計算でも6年後には人類全員が保有することになります。この2010年以降世界的に爆発的に発生した社会現象は、(インターネットを基盤とした)「ウエアラブル情報端末機器時代」と言われます。この携帯電話・スマートフォンには、愛知製鋼(株)(2015年からは、愛知製鋼(株)とローム(株)2社生産体制)生産のMIセンサが電子コンパス用地磁気センサ素子として多数使用されています。

 

 この電子コンパスとは、スマートフォンなどにGPS端末とともに組み込まれた標準チップであり、ユーザは、GPSで自分の位置を知り、電子コンパスでその位置での自分の向いている東西南北の「方向を知る」ことができます。この「方向を知る」ということは、具体的なサービスとしては、自分の行きたいところの地図を画面に表示し、「自分の向いている方向に地図画面が自動的に回転(heading)」するサービスのことです。

 

 この方位を検出する手段として、地磁気センサチップを用いています。地磁気の磁力線は、南極点近くから発生し、地球表面を覆って北極点近くに吸い込まれている安定な定常的静磁界であり、南極、北極近くの磁界の強さは約 680 ミリガウス(mG)、伏角は90°(垂直)近く、赤道では約330 mG, 伏角は0°(水平)、名古屋・東海地域で約480 mG, 伏角は約45°です。ところで、携帯電話・スマートフォンのユーザは、画面の角度を水平面から好きな角度で使いますから、組み込んだ地磁気センサは、3軸の地磁気ベクトルセンサが必要であり、この検出磁界から水平面の磁界を信号処理技術で算出し、その上で水平面内の方位を決定することになります。このときの方位検出精度は、headingが平滑に行えるよう角度にして0.1°が必要であり、磁界の検出精度は0.1 mGが必要です。この磁界検出精度は、従来の磁気センサの場合、高感度磁気センサであるフラックスゲート磁気センサ(FGセンサ)では楽にクリアできますが、FGセンサは磁気ヘッドの長さが長く(5mm以上)、消費電力が大きい(10mW 以上)ので、原理的にスマートフォンに組み込まれるマイクロ寸法チップにはなりません。

 

 一方、従来のマイクロ寸法磁気センサであるMR素子、ホール素子などは、磁界検出感度が低いため信号処理消費電力が大きく、使用困難です。マイクロ寸法で感度が比較的高い新しい磁気センサ類(GMR素子、TMR素子)は、動作点設定用のバイアスマイクロ磁石を使用するため、強い外乱磁気ショックで動作点がずれ、これも使用困難です。この「外乱磁気ショック」とは、私たちの日常生活で身近にある磁石などに近づいたときの磁界のことです。電子コンパスは腕時計にも組み込まれていますが、この場合は人間の腕(手首)の自在な動きにより、強い磁気刺激を無意識に度々受けることになります。また、クルマの車内で使用するときは、ダイナモ磁気や車体残留磁気を常時受けるため、磁気センサは広ダイナミックレンジが必要です。そうでなければ、高感度磁気センサは、強い外乱磁界で飽和してしまい、地磁気センサとしては感度ゼロとなってしまいます。

 

 アモルファスワイヤMIセンサは、高感度・高精度・広ダイナミックレンジ・超微小消費電力・マイクロ寸法・耐磁気ショック性・高速応答・温度安定性などの8種類以上の仕様を同時にクリアできるチップであり、仕様の高度化とともに、磁気センサの中で独走状態にあると言えます。とくに、2013年からの腕時計用の電子コンパスでは仕様レベルが一段高く、MIセンサ以外は使用不可の状態になっています。

 

 このスマートフォン、携帯電話用電子コンパスの世界的かつ爆発的普及は、科学技術文明史的に

見れば、以下のような特徴で考えられます。

(1) 地磁気(geo-magnetism)が一般の人々に日常的に利用される人類史上初めての社会現象であ

   る。

   地磁気は、英国の医師ギルバート(Gilbert)によって1600年刊行の書籍 De Magnete によっ

   て公開され(発見後の没後25年公開)、地磁気はそれまでの中世キリスト教会主張の北極星

   からくるものではなく、「地球自体が磁石である」ことによることを、実証データを基に解明

   された。

   スマートフォン用電子コンパスでの地磁気活用は、ギルバートの地磁気発見から400年以上経っ

   てのことである。この大発見により、ギルバートは欧米科学の租とされている(欧米科学は

   1600年に誕生した)。

    現代では、地学、生物学によって、地磁気は約27億年前に発生し(地球誕生は43億年前)、

   地表を宇宙線被爆から遮蔽したため、海中の生物の地表進出を可能にした、と説明されている。

   具体的には、太陽活動(核融合)で地球に向けて噴射されたプロトン(H+)流が、地磁気磁力

   線に巻きつき(電磁気の左手の法則)、磁気圏に滞留(電離層を形成)していることが説明さ

   れている。この大量のプロトンの地磁気磁力線での巻きつきで地磁気の大きさが1mG 以上

   減少することが「磁気嵐」のメカニズムである。(この太陽によるプロトン噴射(太陽系の

   プロトン充満)は、2016年に太陽系を脱出した宇宙探査機ボイジャー1号の測定で確認された。)

   人類もこのプロトンを体内に摂取し、細胞のミトコンドリアでプロトン流を利用して生体細胞

   エネルギーATPを生成している(ATP生理学)ので、生物すべては太陽エネルギーで生かされて

   いる機序が明確になっている。(磁気圏滞留のプロトンが、地表に到達するメカニズムは、プ

   ロトンの水素結合エネルギーと水蒸気による雲の形成(雲のプラス帯電、雷発生)そして雨の

   発生で説明可能になった。)電子コンパス・GPSによる方位検知は、高度マイクロ磁気センサに

   よる生物にとって最重要の磁気環境の情報科学技術的利用であるといえる。

(2)スマートフォン用電子コンパスは、磁気センサの淘汰と高度化のるつぼである。

   情報化社会の急速な進展の結果、電子情報機器が、日常的に一般の人々に密着携行される時代

   に至った。しかし、この社会現象は、電子機器類にとって嘗てない過酷な仕様を突きつけられ

   る未経験の状況を生んでいる。すなわち、密着整合すべき対象の人体は、極めて強靭堅牢かつ

   超高感度感覚と超柔軟な機能をもつ進化体である。人体は、NdFeB超強力磁石を短時間密着して

   もなんともない。(総務省、ICNIRP, IEEEによるヒトに対する磁界曝露基準)

    ヒトは数万年かけて適者生存で進化してきた哺乳類の1類である。電子コンパスは、情報

    電子機器の使われる場所が変化しただけではない。超強靭・超高感度・超柔軟な存在である

   ヒトの行動に整合する諸性能をすべて兼備する電子機器として使用されるものであり、これま

   での電子機器研究者・技術者の根源的な意識改革を強制している。磁気センサの分野でも、

   これまでの単能評価センサは全く通用しない事態に直面していることを自覚する必要がある。

(3)電子コンパスの使われ方は、高度都市社会のパーソナルセキュリティ感覚も反映していると

   考えられる。欧米諸国とともに、日本も高度成長期を終了し、その結果、人々は大都市に過度

   に集中して暮らすようになっている。そこでは、日常的に各種の情報が溢れ、人々は各種の

   便利で快適な公共の乗り物や安くても高性能の自家用車を駆使して行動する生活を強制されて

   いる。大都市内のビジネス行動も瞬時の環境変化に即座に対応する必要がある。歩行も瞬時に

   判断する必要があり、スマートフォンの電子コンパスも必需品となっている。大都市歩行で迷

   うことは、瞬時のパニックであり精神ストレスになる。大都市行動では、自身の精神ストレス

   コントロールが益々重要になっており、電子コンパスは、精神の健康を保つパーソナルセキュ

   リティのツールである。

 

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